近似トレバ虚構

実験的創出Blog

監獄のような教室の先は|夢判断#14

 

 自分を含めた十数人の人間が真っ暗な廊下を歩いている。壁や床は酷く錆びれている。コンクリートか、木造か判別がつかないほど、壁床一面に黒い錆がびっしりとついていた。
 廊下沿いにあった一室に入れられる。部屋の正面に黒板があり、それに向かうように机が人数分並べてある。さながら学校の教室のようであったが、異なるのはとにかく一面が黒く汚れていることだった。黒くない部分は白く、激しい筆跡の水墨画のようだ。
 私たちはその机に座らされる。辺りには重苦しい空気が立ち込める。ここはどこなのか、そもそもどういう経緯でここに来ることになったか、そして私の周りにいるこの人間たちは何者なのか、何もかも分からなかった。ただ一つ感じ取れたのは、この場所が俗世から限りなく離れた、地下の奥底のような所であることだ。地球の地盤が天井を伝って私たちにのしかかってくるような重苦しさがあった。もう二度とここから出られないかもしれない、そう思わせる何かがある。

 

 どうやらこれからしばらくここで何かを学ばされるらしい。教室のように見えたのはあながち間違いではなかった。
 ただ、先ほどから私たちを酷く怯えさせるものがある。廊下からの叫び声、それは断末魔に限りなく近いものであった。人間とは思えない”怪物”から出ているような濁音混じりの叫び。それが、真っ暗で錆びれた廊下から響いてくる、断続的に。耳の穴をドリルで抉られかき混ぜられているようなあらゆる痛み。苦しみ。辛さ。絶望。

 

 それらを感じながら、目が覚めた。

 

 自分の部屋だ。辺りは明るい。そして遠くから母の喚き声が聞こえた。
「もう八時過ぎてる!」
 それは私の会社への遅刻を意味していた。私は諦めるように、再び目を閉じた。

 

 

 そして、静かに、あまりに静かに、瞼だけを動かすように目を覚ました。先ほどよりも暗い、自分の部屋である。そのまま横になった体制で、しばらくぼうっとしていた。先ほどまで全く違う世界にいるようだった。頭には、先のグロテスクな教室での映像が残っていた。


 ゆっくりと身体を起こし、時計を確認した。早朝、五時半。
 先ほどの八時の世界もまた、夢の中であったらしい。私の中に微かな安心感が生まれる一方で、腑に落ちていない自分もいた。先ほどの八時の世界を、どうしても夢だと思えないのだ。夢にしては、何か独特な現実感があの一瞬にはあった。

 

 その感覚を覚えて以降、いつもと変わらない朝の日常の中に、昨日までとは異なる何かを感じつつあった。
 朝の支度の円滑さ。家を出る前の余裕から、普段は読む時間のないニュースレターに目を通せた。いつもはリュック型にしていたバックを肩掛けにする。いつもと同じ時間の電車のはずが、見慣れない乗客が多い。いつも渡っている横断歩道の模様はこんなものだっただろうか。


 そんな嘘か真かも分からないことに気づきながら、私の中には突拍子もない考えが浮かんでいた。「ここは実は、先ほど朝八時だった世界なのではないか」と。私は昨日眠りについてから、先ほど朝五時に目覚めるまでの間に、世界を平行移動してしまった。そこではもはや時間の常識は通用せず、だから時間に狂いが生まれている。いや、「朝八時だった世界」が実は昨日まで自分がいた世界で、もう一度目が覚める間に「朝五時半の世界」に来てしまったのか。


 今はどちらでもいい。もしそうならば、問題は「私が寝ている間に何が起こったのか」ということである。私は一つ確信していた。きっと、今の私はあの監獄のような教室で〝何か〟を学び終えた私なのだ。私が忘れているだけで、昨日から今日の間、途方もない時間が存在しているのではないか。いや、もはや時間と言う概念を超えた空間に、私は身を置いていたのだろう。自分があの教室にいたという感覚すら忘れている程、途方もない存在。

 

 「五億年ボタン」という漫画を基にした思考実験を連想していた。ボタンを押すと百万円がもらえる代わりに、意識だけ何もない空間に飛ばされて五億年間過ごす必要がある。しかし、五億年が過ぎると記憶がリセットされ、百万円を貰う時には自分が別空間で五億年過ごしたことなど全く知らない。
 今の私はまさにそのような状態にあるのではないか。私は昨日眠ってから先ほど五時半に起きるまで、意識だけがあの教室に、五億年のように長い時間存在していたのではないか。その大半の記憶はないが、感覚だけが僅かに残っている。その感覚が世界を微妙に異なって見せているのではないか。

 

 そんな戯言とも取られかねない考えを、遊び半分で本気にしながら、出社前には普通しないような執筆をしている。