近似トレバ虚構

実験的創出Blog

世界の証拠(中)|叙事情#5

 

 二人を追い抜いたところからはそう離れていないため、しばらくこの辺りで待っていればそのうち来るはずだ。ただ、今いる場所は障害物が多く、二人が歩いてくる方向が見渡しにくかったため、場所を探すことにした。そう思って手前を見た途端、すでに二人が目前に迫っていることに気づいた。まずい! 先ほど自転車に乗る姿は見られているためすぐに気付かれてしまう。こんなところでたむろしている姿を見られたらかえって自分が怪しまれる。とにかく距離を取らなければ。慌てて二人とは逆方向に引き返し、ショッピングモールの裏手に回った。早速、尾行に失敗してしまったわけであるが、モール内のカフェは限られているためすぐに見つかるはずだ。そう考え、元の場所に戻ると二人の姿は無かった。すでにモールに入ったのだろうか。そう思った矢先、自分が不利な状況に立たされていることに気づいた。その場所はモールの入り口と地下鉄への入り口が隣接していたのだ。これではどちらに入ったのか分からない。そうだ、自分はカフェといえばこのモール内の店だと思い込んでいたが、先の会話だけだと下車する別の駅の近くのカフェとも捉えられる。よって、二人は駅に入った可能性もあるのだ。私は尾行におけるタブーを犯してしまったらしい。私は探偵には向いていないだろう。どうする、もう止めてしまうか。いや、ここで止めてしまっては自分の中で収まりがつかない。駅に入ってしまってはすでに電車に乗ったかもしれない。さらに万が一、駅構内で見つかってしまった場合に自転車で帰るはずなのにどうして駅にいるのかと不審がられる。モール内で見つかった方が買い物をしていると言える。ここは自分への保険のためにもモール内で探すべきであろう。私は近くの駐輪場に自転車を預け、モールへ入った。

 

 モールは地下一階から四階まであり、飲食店は一階と地下一階にある。よって、探すのはこの二エリアだけで良いはずだ。さらに、このモールは比較的狭い。店内含めて一通り歩いても三分かからない。現在は一階にいる。入り口入ってすぐ左手にカフェがあった。私は入る前からこの店に目星をつけていた。店内を覗き、客を眺める。…見当たらない。二回見渡したがやはりいない。仕方がない。一階を一通り回った後、私は地下一階へ降りた。飲食店があると聞いていたが食事するところはなく、パン屋と残りはスーパーのような買い物エリアがあるだけであった。食事できるところはあのカフェしかない。しかし、今そこにいないとなると、やはり駅に行ってしまったのだろうか。いや、食事の前に買い物をしている可能性もある。可能性は捨てたくない。私は上階も調べることにした。二階へ上って探す。…いない。三階へ上って探す。…いない。

 

 四階へ上るエスカレーターに乗っている間で、ふと我に返る。自分はいま何をしているのだろうか。貴重な時間と労力を注いでまで、しないといけないことだろうか。先輩とは接しにくいとは思っているが、彼のことを嫌いではない。だから、彼の弱みを握る動機はさほど無いのである。単に話のネタにしたいだけなのだろうか。その程度の動機であれば、二人を見失ったときや、カフェにいないことを確認した時点で引き返していたはずだ。私をここまで動かすものは、もっと別のところにあるのではないか。

 

 一つ思い当たることがある。私はつい先日、片思いしていた女性にフラれた。フラれたというより、すでに彼氏がいるから難しいという理由だった。その場は彼女の明るさに助けられて気まずくならずに丸く収まったのだが、私の心は深い傷を負った。女性にフラれたのは、これにより片手で収まる回数ではなくなった。しかも、それほど告白してこれまで恋人というものを持ったことが無い。自己嫌悪に陥るか、世界を呪うのは必然だった。私はいま世界を呪っていた。世界が私を拒んでいる、世界が私を幸せにさせないと思い込んでいた。その証拠が欲しかった。確かな証拠をつかみたかった。私は今まさに、世界が犯した私への悪事の証拠を探っていたのだ。探偵のようなことをしているとは感じていたが、探偵そのものだった。調査対象は先輩のように見えて、私は世界を相手にしていた。私を抜きにして二人で食事している場をこの目で見れば、それは世界が私を拒む決定的な証拠になる。私の行動の動機はそれだった。