近似トレバ虚構

実験的創出Blog

世界の証拠(上)|叙事情#4

 

 明日、明後日に開催を控えるとあるイベントの会場設営を手伝いに来た。私が属す団体からの参加者は自分含め三人。一つ上の男性の先輩と、もう一人は今日初めてお目にかかる女性のNさんであった。私は途中までNさんを主催者側の人間だと思っていたが、先輩はすぐ分かったようで、私が気付かない間にNさんとお話ししていたらしい。先輩はその振る舞いが少し変わった人で、表情はにこやかなことが多いが、話し方に抑揚が無い。後輩の私に対しても丁寧語で話す。持ち出す話題も歴史や政治のことなどお堅く、ポップカルチャーなどには微塵も興味が無いようである。正直、話を合わせづらい。Nさんの年齢は分からなかったが、おそらく私や先輩より少し上のようである。ただ、初対面ということもあり、私と先輩はもちろん、Nさんも我々に対して丁寧語で話していた。

 

 午後一時から開始した会場設営は三時間ほどで完了し、我々は解散の流れに入っていた。私が荷物をまとめていると、手前の方で先輩とNさんが話している。その会話は耳をすませば聞こえるほどで、一瞬だったがこのような内容が耳に入った。

 

「地下鉄であれば、途中までNさんと同じ道ですね。良かったらカフェで食事しませんか」

「いいですねー、ぜひ!」

 

 最寄りの駅はここから歩いて十分ほどの場所である。その駅はショッピングモールと直結しており、カフェというのはその施設の中にある店と見て間違いないだろう。私は家から近かったため今日は自転車で来ていたが、この後予定も無いため自分も食事に同行できるだろう。自転車を押して三人で向かえば良い。帰り支度をしながら、そう考えていた。

 

 会場建物のロビーまで三人で降りてきて、出ようとしている時であった。私は食事の話を直接聞いたわけではないため自分からは話題を出さずに、先輩が話を持ちかけるのを待っていた。先輩は私の方を向き、こう言った。

 

「○○くんの自転車は向こうの入り口の方に置いたのですかね」

「はい、そうですね」

「では、私たちは地下鉄なのでこちらから帰りますね。本日はお疲れ様でした」

「あ、はい。お疲れ様でした…」

 

 足並みそろえて出ていく二人。あれ、食事の話は? 自分の聞き間違いだったのだろうか。確かに会話の全てを聞いていたわけではなかったが、先の部分だけははっきりと聞き取っていたはず。…もしかして、ハブられた? まさか。こんなことを思い巡らせながら自転車のロックを外し、建物を後にした。

 

 しばらくこぎ進むと、並んで歩く先輩とNさんの後ろ姿が見えてきた。当然である。帰る方向は同じなのだから。もしかすると、私の帰る方向が分からなかったから誘いづらかったのかもしれない。よし、ここはもう一度別れを言う体で声をかけてみよう。それで帰り路は同じだと先輩が理解すれば、食事に誘ってくれるかもしれない。相変わらず、自分から食事の話題を出すことは避けていた。二人は目前に来た。スピードを落とし、真横で並走する形で二人に声をかける。

 

「さよならー」

「あ、○○くん。さようなら」

 

 先輩はそう応えて手を振る。Nさんは話さなかったが(聞き取れなかっただけかもしれないが)手を振ってくれた。もう一声期待して一瞬だが間があく程度、並走を保った。言葉は無かった。もう少し留まれば何かあったかもしれないが、これ以上は違和感を与えかねなかったため、ごくごく自然な形で徐々にスピードを上げ、二人を追い越した。

 

 まさか本当にハブられたのだろうか。最寄駅直結のショッピングモール側で停まり、サドルに腰掛けながら今までの出来事を思い返していた。今日は三人で協力して設営を頑張った。特に嫌な印象を与えた場面はなかったはずだ。そもそも、それほど会話をしていない。三人はそれぞれ別の持ち場についていたことが多く、私は二人と接する機会が数回程度だった。二人はどうか分からない。私の見えない所で私抜きで食事したいほど仲が深まったというのか。そうだとしても、人数が多い訳でもないのに一緒に活動した人に誘いの一言も無いのは、良い気分にはならない。Nさんはそういうことをする人には見えなかった。この状況に持ち込んだとすれば先輩であろう。

 

 私は以前から先輩の隠れた一面に気づきかけていた。表では真面目で、硬派で、紳士な人柄を見せているが、人目の付かない所では、私と同期の女性にインスタをやっているか聞いて、相互フォローしようと持ちかけていたり(私には一言も無かった)、別の女性に自分の車で帰りの途中まで送ってやろうかと言っていたりした場面に遭遇していた。それ以来、あの先輩は硬派を装って実は女好きなのではないかと予想していた。私は彼との接しづらさもあって、実は先輩とあまり絡みたくないと思っている面がある。先輩を貶めるつもりは毛頭ないが、そういう人の弱みを握ることには興味がある。俺をのけ者にした報いを味あわせてやる、そういう想いもあったかもしれない。このような考えに行き着くまでに、自分の中ではすでに二人を尾行することを決行していた。