近似トレバ虚構

実験的創出Blog

粒子の旅路(四)|夢判断#12

 とても長い年月が経ったように思えた。意識を取り戻した私は目を開ける。しかし、目を開けても映るのは暗い闇だった。肌の感触から地面は砂であることが分かる。大気は冷たかった。上を見上げると、三日月よりも細い月が浮かんでいる。夜になっていた。辺りに電灯はもちろん無く、人の気配も無かった。蠅と対峙していたのが、遠い記憶に感じられる。そもそも今いるここも、元いた場所のように思えなかった。そうしてしばらく居座っていると、少し離れたところから波の音が聞こえてきた。あり得ない。今まであの国で海なんて見当たらなかった。しかし、私は何となく気になり、音のする方向へ歩き始めていた。

 

 目が闇に馴染んでくる。そこには確かに海が広がっていた。そして、視線の先に僅かな光明が見えている。あれは何だろうか。私はもう心のみに身を委ねていた。目的も思考もほぼ無に等しい。今の私を動かすものは心の機微だった。海に足を入れる。冷たいような気もするが、温かい気もする。私は光の方向へ歩く。水をかき分けひたすら歩く。光明の正体が露わになってきた。巨大な岩が海に浮かんでいた。その岩の表面が赤く燃えて光を放っている。マグマだった。マグマが岩の表面で渦巻いているのだ。そこに近づいていくについて、腰まで浸かった海にも熱が感じられてきた。

 

 マグマが渦巻く岩と対峙する。その渦の先に、何か荘厳なものを感じた。心に身を委ねていた私は、考えもせずそのマグマに手を突っ込んだ。体が徐々にマグマに引き込まれる。熱い、という感覚を遥かに超越した熱、もはやこれは魂の感覚だった。体の内部という内部、自分の精神世界にさえ、熱が迫ってきた。体が半分マグマに浸かった。自分とマグマが一体になるにつれ、その先に自分より数段大きな巨人が仁王立ちしているのが見えてきた。私はあそこへ向かわなければならない。確かな使命感が生まれてきた。

 

 

 体が完全にマグマに覆われると、そこは寺院だった。木造で、薄暗く、しかし目の前には金色に輝く観音像が立ち並んでいる。ここは本堂のようであった。なにより、その観音像の前に全身が青い巨人が腕を組んで立っていた。鬼であった。鬼など見たこともなかったが、私はその巨人を鬼だと確信した。その全長は六メートルを超している。

 

 自分が意識を完全に取り戻したのを察したのか、鬼はその巨大な体をくねらせ、私に向かって痛烈な蹴りを入れた。蹴りが直撃したと同時に、胴体の骨が砕け、内臓が破裂するのを感じた。しかし、痛みは全く感じない。私は猛烈に吹っ飛ばされ、壁に激しく体を打ち付けた。頭蓋骨が砕け、顔が歪むのを感じる。そのまま床に突っ伏し、起き上がろうとするも、足があらぬ方向に曲がっていてうまく立てない。鬼は私が立ち上がるまで仁王立ちを維持していた。私はなんとか立ち上がり、体勢を整えた。その様子を見届けた鬼は腕を振り上げ、殴りの動作に入った。私は先のマグマから得た全身の熱を右腕に集中させ、鬼と同時に腕を振り、拳と拳がぶつかり合った。

 

 その瞬間、私の拳から自分が砕けていくのが見えた。右腕、右肩、胸、左腕、腹、腰、右足、左足、心臓、首、顎、口、鼻、耳、目、脳。世界が光に包まれ、自分が粒子になっていくのを感じた。目に見えないほど細かく小さくなって、「自分」は消えたが、その粒子は決して消えず、世界と溶け合い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。だが、まだ夢の中だった。目覚めたのは、見覚えのない部屋のベッドの上。目が覚めてからすぐに一人の女性が部屋に入ってきた。あまりにも理想的な女性だった。その女性は何も言わず、布団の中に入り込んでくる。

 

「話を聞かせて」

 

その一言のみ発してから何も言わなかったので、彼女の望み通り、今までこの世界で起こった全てのことを語り始めた。