近似トレバ虚構

実験的創出Blog

粒子の旅路(一)|夢判断#9

 

 気づけば、私は飛行機に乗っていた。窓際の席に座っており、外を眺めると雲海が果てしなく広がっている。さらに、辺りを見渡しても日本人は一人もおらず、日本語すら目に入らない。どうやら、すでにどこか日本以外の国の空港から乗り継いでいるらしい。せめて目的地だけでも分からないだろうか。機内にその情報は見当たらない。人に聞くのは気まずく、インターネットは当然遮断されている。今どこに向かっていて、なぜ自分がそこに向かっているのか、何も分からなかった。何も分からなかったので、仕方なく時間が過ぎるのを待つことにした。

 

 飛行機は無事目的地に着陸した。私は途中から窓の景色に愕然としていた。黄色の地肌が公然と広がっているのが見えたのである。降り立ったのは砂漠地帯だった。機内放送は辛うじて英語が聞き取れる程度であったが(当然日本語の放送は無い)、私は英語が堪能であるわけでもないため、結局ここがどこの国で何という名前の空港なのか、はっきりと分からなかった。促されるままに飛行機を降り、空港の外に出る。観光地という場所にも見えない。実際、先ほどの飛行機に乗っていた人の中に白人はおらず、黄色人も自分以外に指で数える程度で、他は全て現地人とみられる黒人であった。空港に行きかう人々のほとんどが黒い肌をしていて、自分が理解できない言語で話している。全くの別世界であったが、不思議と孤独には感じなかった。自分の胴体と同じ程の大きさのバックパックを背負い、夢の中の私は悠然と歩き始めた。

 

 今は真昼あたりだろうか。自分の持っていた時計は無計画にも日本時間のままであったので、時刻を太陽の位置で推測するしかない。舗装されていない地肌剥き出しの道を行く当てもなく歩き続けていると、活気のある場所に行き着いた。建物は石造りのものが点在している程度で、他は全て木を建てて屋根だけ張られた店が並んでいる。市場のようである。屋根が張られた下では青果物や調味料が置かれていて、人々が買い物をしている。特に買いたいものはなかったが、好奇心から少し回ってみることにした。しばらくして好奇心の目を向けていたのは自分だけはなかったことに気づく。少し前から視線を感じていた。日本人、アジア人、黒以外の肌の人種はこの辺りでは珍しいのであろう。道行くあらゆる人に見られているような気がした。それは好奇の視線ではあったが、警戒の目でもあった。

 

「何してるの?」

 

 おおよそそんな意味の言葉だったと思う。振り返ると、高身長で華奢な男性がこちらを見ている。辺りにいた人全ての視線がこの二人に注がれていた。静寂を感じた、一秒にも満たない一瞬だったが。その静寂は私に圧をかけるに十分だった。この対応で私のこの国での待遇が決まる、そう確信した。間を開けては違和感を与える。その微小な違和感が深遠な隔絶の引き金になることは知っていた。だから、振り返ってから間髪入れずに笑顔をつくった。

 

「世界を旅しています」

 

簡潔に、そして率直にそう言った。自分がここに来た目的は依然として分からなかったが、今の自分は「旅をしている」と感じていたため、嘘ではない。ただ、この時は何も考えていなかったが、私は日本語で話してしまっていた。しかし、私に違和感を持たせることなく、男性も日本語で話し始めたのだ。

 

「良いな! ようこそ我々の国へ、思う存分旅して行けよ!」

眩しい程の白い歯を剥き出しにしてニッと笑い、男性はそう言ってくれた。不思議なことにそれ以降、人々の会話が全て日本語で聞こえるようになった。私に対しても親しみを持って接してくれる。この国、この土地に迎え入れられた感覚がした。この現象はその感覚の現れだろうか。

 

 

 

 

夜の月 夕方の月 朝の月|歌詠み#4

 

陸地より海にゆだねるほうが楽だからぜんぶ海になっちゃえ

 

 

赤くなる万能センサー 僕の肌 ニュースも言わない一月の花粉

 

 

夜の道 こすれ合ってる男女の手 早くつなぎな もどかしいから

 

 

河畔にて木陰に寄り添うカモの群れ 人間にはない冬景色かな

 

 

フンが落ち 見上げりゃ電線カラスくん もはや鳥専用の電線

 

 

家は暑い 外は寒くて走れば暑い 部屋は暑くて服脱ぐと寒い

 

 

夜の月 夕方の月 朝の月 科学は「同一」 歌人は「おもむき」

 

 

哀しみに寄り添う冷たい雨が降る 冷たくするのは私だろうか

 

 

「新時代」 画面で言い切る偉い人 私には決める権利はないか

 

 

「何時代」「なんちゃら時代」と騒いでも 地球はつねに回ってるだけ

 

世界の証拠(下)|叙事情#6

 

 四階に着き、一通り歩いた。何度か人にぶつかりそうになった。それだけ私の歩幅は広く、歩く速度は高まっていた。私の中で確かな情熱を感じている。その情熱は冷たかった。熱く燃えたぎる炎ではなく、周囲の熱を奪って凍らせる冷たい炎。冷たかったが、今の私の動力としては最適だった。世界の熱を、活気を、幸福を、この炎で奪ってやりたい。ベンチで寄り添うカップルも、笑顔が溢れる家族も、青春を謳歌する学生も、往年の夫婦も、純粋無垢な子供も、この炎で凍らせてやりたかった。

 

 四階にもいなかった。私はさすがに諦めを感じていた。気づけばモールに入ってから三十分が経っていた。二人がカフェで食事していたとしても、もう帰っているかもしれない。三階へ降り、二階へ降り、一階へ降りて、エスカレーターからフロアの床へ足を下ろそうとした時。いた。目の前に。Nさんらしき顔と、先輩らしき後ろ姿。エスカレーターを降りて手前にあったのはあのカフェだった。そのカフェの最も外側で、二人が会話していた。見つけた。見つけてやった。ここで声をかけても良かった。ただ、私の足は止まることなく出口へ向かっていた。確信を持ちたかった。先輩の顔を見てやりたかった。そのカフェはモールの外の窓から中を覗くことができる。つまり、先ほどとは反対側の視点から見られるのである。私は足早とその窓へ向かい、店内を覗いた。確かに先輩であった。向かいの女性と楽しそうに会話している。私はしばらくそれを眺めていた。街ゆく人は今の私を不審者と見なすだろう。勝手にすればいい。どうせ最初からお前ら世界は私を拒むつもりなのだろう。

 

 二人を見つけて私が得たものは、快感でも、高揚感でもなく、絶望に限りなく近いものだった。世界が私を拒む、その証拠が目の前で繰り広げられているのだ。私をのけ者にしたその二人を「世界」と見なすのは、いささか飛躍し過ぎていると思うだろう。しかし、私にとってそれは確かに「世界」だった。「世界」の一部と言った方が適切かもしれない。「世界」の一部である二人が私を拒んだことは、「世界」が私を拒んだことと同じである。私に干渉するあらゆるものは「世界」の媒体であって、「世界」の意思が投影されている。二人が私を拒んだのは、先輩とNさんを駒に使って私を拒む意思を実現したことを意味し、あの人が私の恋人にならなかったのは、「世界」が私を幸せから遠ざけたという意思の表出である。私の人生に降りかかる全ての事象は、全て「世界」の意思が含まれている。そんな私でさえ「世界」の一部で、今もまさに「世界」の意思を実現する駒に使われている事実が、悩ましくて恨めしい。「世界」とは何だ。人の一生とは何のためにあるのか。「世界」の意思から逸脱することが、自由なのか。今言われている自由は、「世界」の意思というものに束縛された自由でしかないのか。「私」とは、いったい何なのか。

 

 

 気づけば、あの窓からはすでに立ち去り、駐輪場から自転車を出し、こんなことを考えていたのは自転車をこぎながらだった。とりあえず、家に帰ろう。私の人生は、明日も明後日も続くらしいから。

 

世界の証拠(中)|叙事情#5

 

 二人を追い抜いたところからはそう離れていないため、しばらくこの辺りで待っていればそのうち来るはずだ。ただ、今いる場所は障害物が多く、二人が歩いてくる方向が見渡しにくかったため、場所を探すことにした。そう思って手前を見た途端、すでに二人が目前に迫っていることに気づいた。まずい! 先ほど自転車に乗る姿は見られているためすぐに気付かれてしまう。こんなところでたむろしている姿を見られたらかえって自分が怪しまれる。とにかく距離を取らなければ。慌てて二人とは逆方向に引き返し、ショッピングモールの裏手に回った。早速、尾行に失敗してしまったわけであるが、モール内のカフェは限られているためすぐに見つかるはずだ。そう考え、元の場所に戻ると二人の姿は無かった。すでにモールに入ったのだろうか。そう思った矢先、自分が不利な状況に立たされていることに気づいた。その場所はモールの入り口と地下鉄への入り口が隣接していたのだ。これではどちらに入ったのか分からない。そうだ、自分はカフェといえばこのモール内の店だと思い込んでいたが、先の会話だけだと下車する別の駅の近くのカフェとも捉えられる。よって、二人は駅に入った可能性もあるのだ。私は尾行におけるタブーを犯してしまったらしい。私は探偵には向いていないだろう。どうする、もう止めてしまうか。いや、ここで止めてしまっては自分の中で収まりがつかない。駅に入ってしまってはすでに電車に乗ったかもしれない。さらに万が一、駅構内で見つかってしまった場合に自転車で帰るはずなのにどうして駅にいるのかと不審がられる。モール内で見つかった方が買い物をしていると言える。ここは自分への保険のためにもモール内で探すべきであろう。私は近くの駐輪場に自転車を預け、モールへ入った。

 

 モールは地下一階から四階まであり、飲食店は一階と地下一階にある。よって、探すのはこの二エリアだけで良いはずだ。さらに、このモールは比較的狭い。店内含めて一通り歩いても三分かからない。現在は一階にいる。入り口入ってすぐ左手にカフェがあった。私は入る前からこの店に目星をつけていた。店内を覗き、客を眺める。…見当たらない。二回見渡したがやはりいない。仕方がない。一階を一通り回った後、私は地下一階へ降りた。飲食店があると聞いていたが食事するところはなく、パン屋と残りはスーパーのような買い物エリアがあるだけであった。食事できるところはあのカフェしかない。しかし、今そこにいないとなると、やはり駅に行ってしまったのだろうか。いや、食事の前に買い物をしている可能性もある。可能性は捨てたくない。私は上階も調べることにした。二階へ上って探す。…いない。三階へ上って探す。…いない。

 

 四階へ上るエスカレーターに乗っている間で、ふと我に返る。自分はいま何をしているのだろうか。貴重な時間と労力を注いでまで、しないといけないことだろうか。先輩とは接しにくいとは思っているが、彼のことを嫌いではない。だから、彼の弱みを握る動機はさほど無いのである。単に話のネタにしたいだけなのだろうか。その程度の動機であれば、二人を見失ったときや、カフェにいないことを確認した時点で引き返していたはずだ。私をここまで動かすものは、もっと別のところにあるのではないか。

 

 一つ思い当たることがある。私はつい先日、片思いしていた女性にフラれた。フラれたというより、すでに彼氏がいるから難しいという理由だった。その場は彼女の明るさに助けられて気まずくならずに丸く収まったのだが、私の心は深い傷を負った。女性にフラれたのは、これにより片手で収まる回数ではなくなった。しかも、それほど告白してこれまで恋人というものを持ったことが無い。自己嫌悪に陥るか、世界を呪うのは必然だった。私はいま世界を呪っていた。世界が私を拒んでいる、世界が私を幸せにさせないと思い込んでいた。その証拠が欲しかった。確かな証拠をつかみたかった。私は今まさに、世界が犯した私への悪事の証拠を探っていたのだ。探偵のようなことをしているとは感じていたが、探偵そのものだった。調査対象は先輩のように見えて、私は世界を相手にしていた。私を抜きにして二人で食事している場をこの目で見れば、それは世界が私を拒む決定的な証拠になる。私の行動の動機はそれだった。

 

世界の証拠(上)|叙事情#4

 

 明日、明後日に開催を控えるとあるイベントの会場設営を手伝いに来た。私が属す団体からの参加者は自分含め三人。一つ上の男性の先輩と、もう一人は今日初めてお目にかかる女性のNさんであった。私は途中までNさんを主催者側の人間だと思っていたが、先輩はすぐ分かったようで、私が気付かない間にNさんとお話ししていたらしい。先輩はその振る舞いが少し変わった人で、表情はにこやかなことが多いが、話し方に抑揚が無い。後輩の私に対しても丁寧語で話す。持ち出す話題も歴史や政治のことなどお堅く、ポップカルチャーなどには微塵も興味が無いようである。正直、話を合わせづらい。Nさんの年齢は分からなかったが、おそらく私や先輩より少し上のようである。ただ、初対面ということもあり、私と先輩はもちろん、Nさんも我々に対して丁寧語で話していた。

 

 午後一時から開始した会場設営は三時間ほどで完了し、我々は解散の流れに入っていた。私が荷物をまとめていると、手前の方で先輩とNさんが話している。その会話は耳をすませば聞こえるほどで、一瞬だったがこのような内容が耳に入った。

 

「地下鉄であれば、途中までNさんと同じ道ですね。良かったらカフェで食事しませんか」

「いいですねー、ぜひ!」

 

 最寄りの駅はここから歩いて十分ほどの場所である。その駅はショッピングモールと直結しており、カフェというのはその施設の中にある店と見て間違いないだろう。私は家から近かったため今日は自転車で来ていたが、この後予定も無いため自分も食事に同行できるだろう。自転車を押して三人で向かえば良い。帰り支度をしながら、そう考えていた。

 

 会場建物のロビーまで三人で降りてきて、出ようとしている時であった。私は食事の話を直接聞いたわけではないため自分からは話題を出さずに、先輩が話を持ちかけるのを待っていた。先輩は私の方を向き、こう言った。

 

「○○くんの自転車は向こうの入り口の方に置いたのですかね」

「はい、そうですね」

「では、私たちは地下鉄なのでこちらから帰りますね。本日はお疲れ様でした」

「あ、はい。お疲れ様でした…」

 

 足並みそろえて出ていく二人。あれ、食事の話は? 自分の聞き間違いだったのだろうか。確かに会話の全てを聞いていたわけではなかったが、先の部分だけははっきりと聞き取っていたはず。…もしかして、ハブられた? まさか。こんなことを思い巡らせながら自転車のロックを外し、建物を後にした。

 

 しばらくこぎ進むと、並んで歩く先輩とNさんの後ろ姿が見えてきた。当然である。帰る方向は同じなのだから。もしかすると、私の帰る方向が分からなかったから誘いづらかったのかもしれない。よし、ここはもう一度別れを言う体で声をかけてみよう。それで帰り路は同じだと先輩が理解すれば、食事に誘ってくれるかもしれない。相変わらず、自分から食事の話題を出すことは避けていた。二人は目前に来た。スピードを落とし、真横で並走する形で二人に声をかける。

 

「さよならー」

「あ、○○くん。さようなら」

 

 先輩はそう応えて手を振る。Nさんは話さなかったが(聞き取れなかっただけかもしれないが)手を振ってくれた。もう一声期待して一瞬だが間があく程度、並走を保った。言葉は無かった。もう少し留まれば何かあったかもしれないが、これ以上は違和感を与えかねなかったため、ごくごく自然な形で徐々にスピードを上げ、二人を追い越した。

 

 まさか本当にハブられたのだろうか。最寄駅直結のショッピングモール側で停まり、サドルに腰掛けながら今までの出来事を思い返していた。今日は三人で協力して設営を頑張った。特に嫌な印象を与えた場面はなかったはずだ。そもそも、それほど会話をしていない。三人はそれぞれ別の持ち場についていたことが多く、私は二人と接する機会が数回程度だった。二人はどうか分からない。私の見えない所で私抜きで食事したいほど仲が深まったというのか。そうだとしても、人数が多い訳でもないのに一緒に活動した人に誘いの一言も無いのは、良い気分にはならない。Nさんはそういうことをする人には見えなかった。この状況に持ち込んだとすれば先輩であろう。

 

 私は以前から先輩の隠れた一面に気づきかけていた。表では真面目で、硬派で、紳士な人柄を見せているが、人目の付かない所では、私と同期の女性にインスタをやっているか聞いて、相互フォローしようと持ちかけていたり(私には一言も無かった)、別の女性に自分の車で帰りの途中まで送ってやろうかと言っていたりした場面に遭遇していた。それ以来、あの先輩は硬派を装って実は女好きなのではないかと予想していた。私は彼との接しづらさもあって、実は先輩とあまり絡みたくないと思っている面がある。先輩を貶めるつもりは毛頭ないが、そういう人の弱みを握ることには興味がある。俺をのけ者にした報いを味あわせてやる、そういう想いもあったかもしれない。このような考えに行き着くまでに、自分の中ではすでに二人を尾行することを決行していた。

 

愚民ばかりでグミばかり|叙事情#3

 

 私はグミが好きだ。疲れた日の楽しみはコンビニで新作のグミを買うことだ。ただ、今売られているグミのほとんどをすでに食べたことがあると言っても過言ではない。子どものときからお菓子は決まってグミであった。チョコレートやスナック菓子を好む男児が多い中で、自分は俗世とは異なる嗜好を嗜んでいると優越感に浸ることもあった。

 

 グミ好きであることは友人の間でも知られており、時々最近おすすめのグミを教えて欲しいなど尋ねられることもある。自分だけの嗜みを他人に知られるのは癪な部分もあるが、そのようなことを訊かれるたびに、これは自分だけが辿り着いた境地かもしれないと感じるようになった。そのうち、自分のグミ好きをインターネットを通じて伝えたいと考えるようになった。あれだけ他人に知られることに後ろめたさのあった自分が、なぜこう考えるようになったのか分からないが、そう思ったとたんに様々な展望が広がってきた。ブログ開設、SNSで話題、メディア取材、テレビ出演、本出版、ドラマ、映画…?もうブログの名前も考えてしまった。展望を考えることは楽しくて、それだけで満足できてしまいそうだったが、今すぐ始めたいという欲が勝った。

 

 物事を始めるにはリサーチが必要である。もしかしたら、これまでの人生からは考えられないが、自分と同じようにグミを愛している人がいて、すでに人気者になっているかもしれない。他人と同じことをしてもつまらない。というより、二番煎じで話題にならない。そういう考えから、とりあえず「グミ オタク」で検索をかけてみる。毎日グミ関連の動画を上げているユーチューバーが出てきた。チャンネル登録者5万人…?グミだけを伝えるチャンネルで5万人も集まるものなのか…?「日本グミ協会」…?検索をかけてみる。そのHPには100人ほど集まった集合写真がデカデカと写る。公式ツイッターのフォロワーは16万人。会長、副会長。そして名誉会長はテレビにも出演しており、ビジネス書を出版している。「グミ ブログ」で調べると、毎日グミを食し、レビュー記事を投稿するブログが何件も出てきた。その全員が「#日本グミ協会」を肩書きにつけていた。

 

 やりつくされている、と感じた。今から自分も「#日本グミ協会」を名乗って、既存のグミ発信者とは別の切り口でブログ記事を書けば、そのコミュニティ内で話題になるかもしれない。ただ、それは巨大なコミュニティに属して、その主流を基に自分の行動を決定せざるを得ない状況に陥っている。もうこれ以上誰かの下につくのはごめんだ。かくして、私のグミ発信の計画は頓挫した。

 

 しかし、人には「発信欲」というものがあるらしく、何かを発信したいという想いだけは残っていた。他に私の好きなもので、他人が発信してなさそうなこと…。スイカ割り。ふとその言葉が浮かんだ。スイカ割り、これだ、私はスイカ割りが好きだ。スイカ割りを徹底的に突き詰めれば、一握りの存在になれるかもしれない。再びリサーチを行う。「日本すいか割り推進協会」…?またか。また先駆者がいるのか。しかも今度は明確に「公式ルール」と銘打ってすいか割りを定義している。この状況下でスイカ割りを突き詰めることこそ、この協会の下で踊ることになる。やはり気が乗らなかった。何か…何か発信できることはないか…。

 

 どのぐらい時間がたったか分からない。ようやく私だけが発信できることが見つかった。「ハエたたき」。これだ、これしかない。ハエたたきを突き詰めて、発信すれば、これは私だけの特権だ。そのうち「日本ハエたたき協会」を創立し、メディアに出て、本を出版して、名を轟かせてやる。ここまで考えて、ふと我に返った。私は「好きなもの」を伝えたいのではなかったか。私はハエたたきが好きかと言われたら、もちろん好きなものではない。いつしか、「好きなもの」ではなく、「誰も発信していないもの」を探すようになっていた。これは結局、私も誰かの上に立ちたかっただけではないか。誰かより優位な立場に立ちたいがために、自分の好みを利用しようとしていただけではないのか。そう思い至ったことで、ハエたたきへの関心は無論、発信欲もおさまってしまった。

 

 ある日、友人からおすすめのグミについて尋ねられた。私はこう答えた。

「私なんかより詳しい人はたくさんいるから、ネットで調べた方が早いよ。」

溶けかけの飴|歌詠み#3

 

腐っても腐ってもなお味が出る それは腐りと言えるのだろか

 

 

横ならび「月がきれい」とポツリ出る 今のは文字通りの意味だから

 

 

そこの木さん あなた千年生きたくて生きたの?

 

 

「レトロ」の箔をおしたとき それは「さびれ」の隠れ蓑

 

 

カルピスと傷とゲームとランドセル 酒と泪と男と女

 

 

「わたしと小鳥とすずと」 あと一つ足してたあの頃

 

 

走る走るどこまでも走る俺たちはいったいどこへ走っているのか

 

 

溶けかけのべたべた飴がついた指 すぐ洗う人 舐める人

 

 

三匹のウサギを飼ってたあの小屋に今は見知らぬウサギ一匹

 

 

水層の中からジッと僕を見る 気になるだけか恨んでいるのか

 

 

直径30センチの鉢 広さ3畳の終身刑

 

 

十五年会ってなくても分かる顔だけどまったく覚えてない 声